2010年7月17日土曜日

第一話:正義とは何か

このドラマで何よりも気になるのは「正義とは何か」という哲学的なテーマを掲げたにも関わらず、脚本には非常に陳腐な思想しか現れてこないことだ。

第一話に関して言えば、立て続けに動物や幼い子供を改造銃でなぶり殺しにした挙句、謎のメッセージキューブと血の付いた遺品を遺族に送りつけるというイカれた犯人を追い詰めるも、親が検察のお偉いさんだったため圧力がかかり不起訴になる、というとくだりにそれが現れる。

そもそも社会不安を生む派手な凶悪殺人鬼が、検察のお偉いさんである父親の力だけで不起訴になるというところにリアリティがない。

政治家や企業家など独自で築いた権力をバーターに出来るならともかく検察官というのは所詮公務員だ。
上に上りつめようとすればするほど出世競争が激しくなり派閥の力学が大きく働くようになるので、階級が上の人間であればその力学を個人的利益のために利用しうる余地も生まれるという話に過ぎない。

しかし、仕事上で一度でもミスをしたら出世コースから外されて二度と元のコースには戻れないという官僚の非情な不文律から隠蔽体質になり「お互い様」の阿吽の呼吸が出来上がっていることは事実としてあるだろう。

今回の凶悪犯のように事件を隠しおおすことが難しいようなケースでは隠蔽工作自体が自分たちの首を締めることになりかねない。隠蔽を指示した方も同じことだ。隠蔽体質や「お互い様」思想は出世というエサの前にこそ生きるものであり、今回のケースはリスクがエサのうま味を越える。
視聴者がリアリティを感じられるラインとしては、事件発覚前に父親が退職金を満額貰って退職してこっそり天下り、マスコミには検察のお偉いさんの息子であることは報道しないよう箝口令といったあたりだろう。

現場を取材したとは到底思えないリアリティのない脚本にも関わらず、冒頭に「この作品はフィクションです。しかしこれをだたの作り話と受け取るか、現代の闇と捉えるかは貴方に委ねます」という文章を流すのも、脳内の敵と戦っている中学生のようでどうにもこうにも恥ずかしい。

正義を語るなら諸悪の根源である隠蔽体質に毅然とNOを叩きつけることこそが正義だ。
そしてそのことにより、隠蔽しようとした父親は社会的に裁かれ、息子が有罪となって刑務所の中で厳しくて惨めな服役生活を送る姿を見せることこそがカタルシスではないだろうか。

現にアメリカのドラマでお偉いさんの権力乱用をエピソードに組み込む場合はそのような展開になることが多い。
その結果として主人公の身近な人間が代償を支払うことになったとしても、正面から立ち向かい、痛みを受け入れながらもあるべき社会正義を実現しようとするからこそ「正義とは何か」という問いが生きるのだ。

ところが本作では上司の井筒、主人公の伊達、同僚の刑事たち全てが、簡単に権力乱用に従ってしまった。そんなことは許せないと井筒に直談判したあすかも結局のところ上司に逆らわず諦めてしまう。
彼らはそろって巨大な組織の理屈に振り回される被害者のような面持ちであったが、自浄作用が働かず隠蔽体質を肥大化させてしまっている責任の一端は、その組織の中にいる井筒にも伊達にもあすかにも確実にある。

保身のために立ち向かうべき相手に立ち向かわず「正義の味方」や「神隠し」を期待させた時点で脚本は社会正義というカタルシスを捨ててしまった。
ジョーカー(伊達)は社会正義のカタルシスを視聴者に与えるために暗躍する小気味良いジェスター(宮廷道化師)ではなく、個人的に許せないと感じた相手を罰を与える私刑人でしかなくなった。

個人的な仇討ちを認めない法治国家における私刑は結局のところ正義ではありえない。
法の上で人が人を裁くこと、社会的に裁かれることと、個人的な義憤で人が人を法を越えて裁くことは根本的に異なるのだ。
「正義とは何か」というテーマで脚本家は「酷い奴なら私刑したって正義」と主張したいのかもしれない。逆に1クールかけて「酷い奴だからって私刑していい訳じゃないよね」という多くの人が当たり前に感じていることをわざわざ伝え直したいのかもしれない。いずれにしても幼稚だ。

脚本は視聴者に私刑によるカタルシスを与えるために、こんなに遺族は悲しんでいるんだよ?犯人はこんなにイカれた最低最悪のヤツなんだよ?なのに君たちが持っていない権力というもので不当に守られてて泣き寝入りするしかない。こんなヤツ私刑にしちゃってもいいと思わない?というメッセージを送り続けた。

ジョーカー伊達は法から逃れた犯人を銃で撃ち必殺仕事人よろしく被害者の仇をうった。
気分が悪くなるほど送り続けたメッセージのおかげで、命乞い虚しく撃たれた犯人の姿にある種の爽快感を感じた人もいたかもしれない。
しかし犯人は殺されてはいなかった。おそらくは島流しか何かなのだろう。主人公をただの殺人者にしないための演出だろうが、必殺仕事人的な爽快感を感じていた視聴者は肩透かしを食らわされた気分だったに違いない。

これが、島流しの先には特殊刑務所があって伊達はそこに凶悪犯を送り込む合法的な捜査官だった!みたいなオチだったら最悪だ。もしそれがオチなら最初から島流し捜査官チームの話にしてしまったほうがまだ個性派の役者陣が活きただろう。
私刑ならいっそ伊達をただの殺人者にしてしまって、ハッピーエンドにはならなくても私刑と正義について追求したほうがドラマとしては深みが出た。

第一話で脚本自ら色々と退路を絶ってしまった感があるが、今後の展開で大化けさせることを期待したい。


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