2010年9月11日土曜日

第八話:感想

脚本がどうの、演出がどうの以前に、3週も引っ張った問いかけの答えが、あまりにも稚拙で思いっきり脱力してしまった。

制作側が言っているのはつまり「犯人がマジでムカつく悪党で、逮捕するだけの物証がなくて、裁くほうも苦しみを感じていて、終身監禁でも殺しさえしなければ、それを正義とは呼ばないまでも、第三者が自分勝手に他人を制裁したって仕方がないじゃん、そうさせる世の中がいけないんだからさ」ということだ。

それをやるんなら伊達をもっとしっかりダークヒーローにしとかないと。
これじゃあ単に私刑を推奨しているのと変わらなくなってしまう。
このドラマは舞台は実在の組織である神奈川県警察本部、ドラマの冒頭にはご丁寧にも事実に基づくことを仄めかすようなキャプション付きだ。
伊達にヒーロー性をもたせたい気持ちはわかるが、もう少し慎重に、充分に練り上げたものを出すべきだろう。

今回、前述のような「伊達の信じる正義」が示されることは容易に想像がついたが、実は楽しみにしていたことがもう一つあった。
日向と吉住という「初めて2話連続で登場する犯人」の内面がどのように描かれるのかということだ。
全10話で第七話と第八話に登場なら中ボスクラスの敵だろう、役者も悪くない。
しかし、こちらも残念なことに、始まって10分しないうちに「いつもの情状酌量の余地がない悪人」であることが読めて急速に萎えてしまった。

主人公の伊達も、前回はカッコよかったのに今回はいいとこなし。
吉住・日向兄弟と伊達・久遠コンビを年上と年下に分けて対決させていたが、吉住に対して「殺して全てが解決するのか?」と言わせたいだけなら、捕えられるのは伊達ではなく久遠で充分だった。
日向と久遠の精神面が危うい若造対決も面白かったが、この回は「伊達の正義」と「日向の正義」が正面からぶつかる回だ。何も知らない捜査一課の面々を前にした、伊達と日向の息詰まる攻防も見てみたかった。

結局、伊達と日向が対決したのは、前回のラストシーンと今回の闇の制裁シーンのみ。
前回は日向の言葉に激しく動揺した伊達が、今度は毅然と日向を制裁する。
こんな内容なら2週に分けず1週にまとめてしまってよかったと思う。


さきほど「ダークヒーロー」と書いたが、「ヒーロー」が人々の危機に現れて賞賛されるべき行為で人々を救うのに対し、法に反した手段を用いて自分の信じる正義を果たそうし、その正義のあり方が人々から共感を得ているのが「ダークヒーロー」と呼ばれるキャラクターである。
仇討を請け負う「必殺シリーズ」の中村主水や、個人の判断で犯罪を取り締まる「バットマン」のブルース・ウェイン、昼間は盲目の弁護士、夜は法から逃れた者を裁く「デアデビル」のマット・マードック、殺戮も躊躇わぬ私刑執行人「パニッシャー」のフランク・キャッスルなどがそれにあたる。

無法の番人である伊達たちは当然のことながらヒーローではありえない。
制作側も当初「このドラマはピカレスク(悪漢)ドラマ」だと話していた。
つまり伊達たち「闇の制裁人」は最初からヒーローではなくダークヒーローとして設定されていたわけだ。

通常「ダークヒーロー」は正規の警察組織には属さない。中村主水のように属している場合でも、その中で自分の正義を実現しようとはしない。
それはそうだ。警察官として正規の手段で正義を果たすのであれば、それはもはや「ダークヒーロー」ではなく「ヒーロー」側の人間になってしまう。

本来「ダークヒーロー」は権力の駒として活動はしない。
自分の信じる正義を果たすためには法に反した手段しかなかった、というのがダークヒーローがダークな道を選んだ理由だからだ。
だからダークヒーローは自分が信じた正義を厳密に守ろうとする。バットマンが悪人を殺さないのも、パニッシャーが躊躇わずに殺すのも、彼らの信念に基づくものだ。
権力の駒として権力の意向に従って活動するんじゃ、ダークな世界に身を投じてまで自分の信じる正義に殉じようとした意味がなくなってしまう。

そして「ダークヒーロー」の心のなかには、自分の信じる正義が本当に正義なのか、という問いが常にある。
自分の信じる正義を果たすために大量殺人を行ったり、他人の幸せを奪ったり、犯罪者を無罪にしようとしたり、傍から見たらとても正義とは思えない出来事は多々ある。
ダークヒーローのしていることも法から見ればただの犯罪者だ。
では、自分の信じる正義という名のもとに間違った行いを繰り返す者と、ダークヒーローの違いは何か?それは考え続ける努力を止めないということに尽きる。

もしダークヒーローが考えることを放棄して「自分の行っていること=正義」という短絡的な認識のもとに行動するようになったら、どこかでただの犯罪者に成り下がる。悪人の典型的なパターンだ。
自分の存在意義である「自分の信じる正義」を常に真摯に考え続けているからこそダークヒーローはダークヒーローとして成り立つのだ。


正義、正義と連発したが、日本人にとって「正義」という言葉は強すぎて拒否反応があるかもしれない。
正義とはつまり「人として正しくあろう」とすることだ。
立派な人間でも誉められた人間でも優しい人間でもないし、いざというときに逃げちゃうかもしれない駄目な人間だけど、出来るなら人として正しくありたい。そう思えるならその人の中にもちゃんと正義はある。

今回明らかになった伊達にとっての「闇の制裁」を行う理由は、「裁かれるべき悪人が裁かれないから裁く、それを正義とは言わないが、その現実がある以上仕方がない」というものだった。
正直なところ、伊達が「闇の制裁」をするには何か別の理由があると思っていたのだが、今回のストーリーでそれらの芽も消えてしまった。

この伊達の考えと行動に対し視聴者から共感を得る為にはまず、「伊達が”人として正しくあろう”とするには、法を無視した”闇の制裁”しかなかった」という背景が必要になる。
そのためには「法で裁けなかった犯人」が必要で、「優秀な刑事である伊達が、どうやっても法で裁くところまで持って行けなかった」というストーリーそのものが、伊達の行動に説得力を与える。
だから本当はそのストーリーに決して手を抜いてはならなかったのだ。

今回、伊達は日向を「闇の制裁」に処したが、日向は「美代子が偽証を証言しさえすれば逮捕出来る犯人」だったはずだ。前回、伊達自身がそういって美代子を説得している。
その美代子が「偽証を認めて出頭する」と言っているのだから、伊達は「法で裁ける者は法で裁く」の言葉通りに日向を法で裁くべきだった。

三上は「遺族の明日のため」に闇の制裁を行っていると言っていた。しかしたとえ遺族であっても罪は罪である。
制作側の価値基準では「相手のためを思うなら罪を揉み消してやるべき」なのかもしれないが、それは多くの共感が得られる考えかたではないだろう。
気性のはっきりした美代子にとってはむしろ、自分の罪を明らかにして裁きを受けることこそが、死んだ夫とお腹の子に恥じないためのけじめになったのではないだろうか。
そもそも罪と言っても日向に脅迫されての偽証だし、遺族感情を考慮されて不起訴になる可能性が高い。

自身の職務として正しい方法で裁けたのに、なぜ伊達は「闇の制裁」に処したのか?
ドラマを見ている限り「単に伊達が法ではなく自分の手で制裁したかったから」にしか見えない。
第六話で自ら久遠に言った「目撃証言が出たから逮捕出来る。”こんなクズはいなくなったほういい”なんて、そんなことは君が決めることじゃない。法で裁ける者は法で償わせる。俺達がやっていることは復讐じゃない」という言葉を、伊達はどのように思っているのだろうか。

第二話でも伊達は、春日の48時間拘束の切り札に使った折り鶴の件で「金庫」が「可愛らしい手提げバッグ」のことだと知りながらも、春日を闇の制裁に処する決め手にするために敢えて取調べではそのことを話さなかった。
もし伊達が「高原スズエさんは可愛らしい手提げバックを”金庫”と呼んでいました。その中に入っていたんですよ」と言えば、48時間拘束で冷静さを失いつつあった春日は観念して自白したかもしれない。

このドラマでは「証拠を掴むのは難しい」「物証がないから法では裁けない」というシーンも多いが、凶悪事件のしかもあんなに物証を取りやすいケースで「物証が取れませんでした」なんて言ったらそれこそ笑いものだろう。

こういった安易な展開が、「優秀な刑事である伊達が、どうやっても法で裁くところまで持って行けなかった」という印象を視聴者に与えず、闇の裁きを決断する伊達に説得力を与えなかった。
遡ってそれは「伊達が”人として正しくあろう”とするには、法を無視した”闇の制裁”しかなかった」という共感も減じさせた。

しかも、その「闇の制裁」の背後にあるものについて、伊達は全く興味を持っていない。
裁いた人間が殺されないまでもどのような人生を送ることになるのか、監獄を維持する資金がどこから流れているのか、三上の他に誰が関わっているのか。神隠しを追っていた冴子が殺されたというのに、神隠しの実行犯である自分の背後にある権力に疑問を抱く様子もない。
「俺の役目は法で裁けなかった人間をここに連れてくるところまでだ。そのあとどうなってるか知らないし知りたいとも思わない」と言い切っている。

「自分が信じる正義」についても、日向に「僕はあなたと同じだ」と言われて動揺はしたが、結局「俺は人を裁くことに痛みを感じてるし殺してる訳じゃないから日向とは違う」という、自己弁護でしかない短絡的な認識を得ることで、自分自身を肯定してしまった。
自分が裁いた相手が”本当のところ”どうなっているかなど、その点に全く興味を抱いていない伊達に知りようなどないのだが。

伊達が「闇の制裁人」になったきっかけは灘木だ。
子供だった伊達に刺されたものの一命を取り留めた灘木が、刑務所から出所した後も悪事を繰り返し被害者を出していることを知った伊達は、自分自身の正義感に則って闇の制裁を行った。

灘木も充分逮捕出来た犯罪者だと思うが、目の前で罪の無い人間を死に追いやった灘木を、伊達は、法の裁きを受けさせる努力もせずに「闇の制裁」に処した。
そこに重みや痛みを感じていたかどうかは、それが「正義」であるかどうかには全く関係がない。その痛みや重みが免罪符になる訳もない。
法で裁けただろう者を私刑にしておいて「法から逃れた者を裁きながら自分自身を裁いていた」とは随分と勝手な言い草だ。

様々な思わせぶりな伏線を散りばめたに関わらず、上手く回収して膨らませられなかったため、伊達一義というキャラクターは非常に薄っぺらくなってしまった。
伊達のしていることに説得力をもたせようと、「制作側がこう思って欲しいと考えていること」そのものを登場人物に喋らせたり、独りよがりなストーリー展開で伊達に正当性を与えようとしているが、稚拙すぎてどうにも入り込めない。
伊達が「闇の制裁」を行うことに、少しでも視聴者からの共感を得るために、犯人は毎回「情状酌量の余地がないムカつく悪人」。伊達の心情に同情してもらうために、女性受けしそうなウェットなシーンを散りばめてアピール。これでは視聴者の裾野を広げることはできないだろう。

そんな伊達一義に大きな魅力を与えているのは伊達を演じる堺雅人だ。
久遠役の錦戸亮、井筒役の鹿賀丈史もそうだが、これが下手な役者だったら、このドラマはとっくに終っていただろう。このドラマは本当に役者に救われたドラマだ。
堺の持つ「思索に耽っている雰囲気」や「真面目で善人で不器用そうな印象」、「役柄を良く読み込んだ上での繊細な演技」や「茶目っ気たっぷりの遊びの部分」が、脚本の中の薄っぺらい伊達一義を非常に魅力的なキャラクターに変えている。
もはや伊達一義は堺雅人以外の誰にも演じることは出来ない。

おそらくこのドラマは続篇かSPが予定されているだろう。
制作陣の新しい形の主人公を生み出そうとするチャレンジは評価できる。
今後の「ウェットでもマッチョでもない魅力的なダークヒーロー伊達一義」に期待したい。


役者に関して書き始めたので続けてみよう。

このドラマでは、堺、錦戸、鹿賀の3人が牽引役を果たしているのは、誰もが認めるところだろう。そこに、平山、土屋、永岡、佐伯、鈴木、井上ら同僚刑事たちが、しっかりと脇を固めている。
この同僚刑事たちの雰囲気が実に良く、細かいカットであっても手を抜かず、役を読み込んで1つ2つテイストを乗っけてくるから、見てるほうは楽しくて仕方がない。
別に闇の制裁がなくたって刑事モノとして十分面白い作品ができそうだ。

死にゆく冴子を演じたりょうも、このドラマで一番の演技を見せてきた。
伊達が最後に「冴子」と呼ぶのは誰しも予想していたことだと思うが、男勝りで強がっていた冴子の最後の甘えは予想外だったろう。これから伊達との関係でいい演技を沢山見せてくれると思っていただけに大変残念だ。

日向役の忍成修吾も、日向の「刑事としての顔」と「子供っぽくてキレやすい我儘な性格」を上手にモザイクにして、日向の精神異常性をリアルに表現していた。
尾野真千子も、夫を殺された怒りと、日向に対する恐怖と、それらに打ち勝とうとする気の強さを、説得力とリアリティをもって演じていた。非常に難しい役柄だが迫真の演技だった。
飯田基祐が演じる吉住武徳の真っ当さとそれ故の苦しみも、ダラダラしがちな展開にテンションを与えてくれた。
久しぶりの灘木役・斉藤歩も「悪事をフツーに楽しんでる悪党」を巧みに演じていた。伊達に再会したことを純粋に面白がっている灘木の悪党らしい悪党ぶりは、見ていてかえって気持ちが良かった。
宮前史人役の桜山優も、短いカットで「人殺しまでは出来ない男・宮前」を巧みに演じていた。

大杉漣は、第一話から続く三上の得体の知れなさを、最終話に向けてじわりじわりと詰めてきた。
三上が何をしたのか、もしくはしていないのか、大杉自身聞かされてはいないだろう。そんな中で忍耐強く三上を育てていくことは相当なストレスだったと思う。
いよいよ大杉が本領を発揮する見せ場がやってくるに違いない。待ってました!という気分だ。

杏はキャリアから考えると悪くはないのだが、まだ後ろに台本が透けて見える。こういう場面でこういうセリフだったらこういう演技という枠から出ていない。
ただ錦戸と一緒のシーンでは非常にいい演技をする。おそらく相性が良いのだろう。あすかと久遠の不器用な恋愛も見てみたいものだが残り話数では難しいか?
第一話からネタふりをしている「ちゅー」くらいはあるかもしれないが。


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